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世界と日本における糖尿病食事療法の変遷

インスリン初期導入方法が1930年代には当たり前の治療方法の一つであったことについて再度強調しました。

インスリン初期導入療法は画期的な新しい概念などではない


これと同様に、糖尿病治療における食事療法も、何度も変遷を経て、原点に戻りつつあるのです。

インスリン発見以前の1920年以前の食事療法では、糖質制限が当たり前の食事でした。

糖質制限した方が確実に症状は軽く、長生きできることをみんなが知っていたので、当然のようにみんな糖質制限していたのです。

大部分の糖尿病患者さんはこの食事療法によって症状改善を得ていました。


ところが、中には糖質制限できない人、あるいは糖質制限すると具合が悪くなる人が一定の割合でいました。

⇒参考記事:糖質制限食で逆に具合が悪くなった糖尿病の患者さんたち 


このため、糖質制限に対して懐疑的な意見も出てきて、様々な食事療法が模索されるようになりました。

ほんとうに医者が考えたのかという、かなり非常識な治療法も含まれています(^_^;)。

糖尿病の食事療法の歴史を見ながら、これらについてリストアップして簡単に解説してみます。



糖尿病の食事療法の始まりはパリの食糧不足にあるそうです。

パリで食糧不足が続いた時に、糖尿病患者の症状が改善したことに気づいたBouchardatが"Mangez le moins possible"「できるだけ少なく食べよ」と主張したのが始まりだとか、1851年のことでした。

「食糧不足による摂取カロリー不足」、つまり「厳しいカロリー制限」が糖尿病を治すという発想がここで生まれたわけです。

これは、「少なく食べることが膵臓の機能を休ませ、膵臓の庇護につながる」という発見をもたらします。


そして、この考え方を引き継ぎつつ、食品成分について工夫したのがNaunynでした。

実は、Bouchardatによって提唱された低カロリーの食事は、内容的には糖質制限だったのです。

「糖質摂取を制限して、膵を庇護しようという」発想がNaunynにより提唱されて (1898)、尿糖をチェックして、無糖尿になるまで糖質を制限する低糖質食となったのです。

尿糖ゼロを指標とした糖質制限食の始まりです。

(尿糖が出ないぎりぎりの糖質摂取量をその人個人のtolerance、耐容力と呼ぶのは影浦式の記事でも説明しましたね。)


このNaunynの「糖質制限食」考え方は、その後も糖尿病食事療法の根幹として受け継がれるのですが、それへの反論が比較的早くから出てきています。

1902年にvon Noordenは「燕麦を与えると耐糖能が向上する」と発表しています。

これは糖質摂取が耐糖能を改善する、というはなしではなくて、燕麦だからこそである、という主張だったことが混乱の始まりだったのかもしれません。

その後、米飯療法、馬鈴薯療法、小麦療法などが主張されるようになり、種々の殻物に特別の価値を認めるかのような食事療法が提案されます。

理屈はあったんだかなかったんだか。(^_^;)


これらの「糖質制限食」に「特定の穀物を負荷する」という食事療法がいろいろ提唱されたあとに、「糖質負荷が耐糖能を改善するのである」とした人の一人が、日本の影浦先生だったのです。

1920年のことで、これはインスリン発見の前年のことでした。

この影浦先生の報告に続いて、数年後から世界的に、一定量の糖質負荷が実は糖尿病患者の食事として望ましいのではないかという考え方が急速に出てきます。

その理由はもちろん、1922年からインスリンが実用化されたことによるのが大きいと思うのですが、以下のごとくです。


***
1920年代後半より,前記の殻物療法とは別の観点より,糖質投与の重要性を認める者が現われ,
Porges(1926)は低糖質食が肝糖原量により糖同化能の低下を起こし,ラ氏島機能を低下させると考え,高糖質脂肪制限食を使用して良好な結果を得,
Bretanoは,糖の尿中排泄量より体内での利用率(Bilanz)を重視し,これを指標として糖質豊富食を提唱し,
この考えは,Bertram(1928)に引き継がれ,影浦,山川(1936)らによりわが国に導入されると,食品構成の特殊性もあって,広く普及するに至った。
(糖尿病食事療法の基礎 中川昌一 栄養と食糧 Vol.34 No.1 1981)
***


これらの食事療法が実は「短期間の厳しい糖質制限の導入」に引き続く「厳しいカロリー制限+マイルドな糖質制限の継続」によって達成されることはこれまでに書いてきた通りです。

Bretanoに提唱され、影浦が取り入れたBilanzの計算が実は少々間違っていたことも別の記事で書きましたね。

そして、彼らの治療を支えたのがインスリンの発見であり、インスリンの初期導入と離脱が影浦式でも山川式でも取り入れられていたことも記載した通りです。

インスリンあっての糖質負荷食事療法であることが明瞭に記されていて、Joslin糖尿病学においても、一日100g程度の糖質負荷を良しとするようになりました。

しかし、インスリンの絶大なる効果の前に、糖質負荷には歯止めがかからなくなってきます。


***
1922年のインスリン発見により,食事療法の限界であった重症患者の代謝改善が可能となり,また糖質を多量に与えても尿糖を消失させることが可能となったため,糖質豊富食を普及させるとともに,食事療法の不要を説える自由食派が出現した。
Kesterman (1932)に始まる自由食は,インスリンを十分に使用すれば厳重な食事療法は不要であるとするTolstoi (1939)およびその後継者が,Joslinを指導者とし,食事療法を基本とする厳重食派と対立することになった。
(糖尿病食事療法の基礎 中川昌一 栄養と食糧 Vol.34 No.1 1981)
***

自由に食べさせておいて、上がりすぎた血糖はインスリンで制御すればいいじゃん、っていう理屈です。

それはいくらなんでもひどいんじゃないのって思いませんか?(^_^;)



そして、現代につながる日本糖尿病学会推薦の糖尿病食の基礎は1960年代に出来上がります。

食品交換表ができたのですね。




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・・・例によってとても長くなってきたので、この記事はここで終わりとさせていただきます。

次の記事をご参照ください。

食品交換表の誕生 1963年に始まった現代の糖尿病食 



参考文献、サイト:

1.山川式食事療法 斉藤達雄 Diabetes Journal Vol.2 No.3 1974 
2.糖尿病食事療法の基礎 中川昌一 栄養と食糧 Vol.34 No.1 1981
3.生活習慣病ガイド 清水クリニック 院長ブログ 我が国の糖尿病食餌療法の歴史(1)-(3)
http://www.shimizu-clinic.biz/blog/index_2.html


追記

1920年前後の食事療法の中で最も激しい発想の食事療法は「飢餓療法」です、それについても、また別記事で説明します。

⇒ 脂質食療法と飢餓療法 
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2013年1月19日 18:47

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コメント(2)

〈しかし、インスリンの絶大なる効果の前に、糖質負荷には 歯止めがかからなくなってきます。〉


ぎゃーっ!ホラーです!
ゾクゾクしました。
〈薬剤のインスリン〉がもたらす混迷が怖いです。
〈インスリン〉には肥満がつきものですのに~!

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